長時間働くほど成果が上がる、そんな考えはもはや過去のものです。行動経済学の研究によると、人の集中力や判断力には限界があり、週55時間を超える労働では生産性が大幅に低下します。努力量ではなく、脳の働きを踏まえた“効率的な時間の使い方”こそが成果を生む鍵です。本記事では、営業職を中心に「なぜ働きすぎが成果を下げるのか」「短時間で成果を上げる方法」を、実証研究をもとに解説します。

1. 働きすぎが成果を下げる?行動経済学が示す“非効率の罠”
行動経済学の観点から見ると、人は合理的に働いているつもりでも、実際には「非合理的な努力」に陥りやすいといえます。たとえば、「ここまで頑張ったのだからやめられない」という心理は“サンクコスト効果”と呼ばれます。
これは営業の現場でも頻繁に起こります。成果が出ていなくても、「あと1件訪問すれば契約が取れるかもしれない」と考えてしまうのです。
長時間労働が生産性を低下させることを示した経済学者のペンカベル氏の研究では、労働時間が長くなるほど成果が比例して増えるわけではなく、むしろ一定のラインを超えるとパフォーマンスが急落することが明確に示されています。国際労働機関(ILO)の報告でも、長時間労働は集中力の低下や判断ミスを誘発し、企業全体の生産性を下げると指摘されています。
さらに、過労研究者のロニー・ゴールデン氏は、人が過剰に働いてしまう理由を「社会的評価の欲求」と「自己効力感の過信」に求めました。つまり、“働くこと自体が目的化する”心理が、非効率な働き方を正当化してしまうのです。
営業の現場で考えてみましょう。 疲労した状態で10件訪問しても、1件も成果につながらないことがあります。一方で、しっかり休息を取り、集中して3件訪問した方が契約率が高いケースも少なくありません。行動経済学的に見れば、労働時間を増やすより「意思決定の質」を上げることが成果に直結します。
2. 生産性を高める営業スタイルとは?“休む勇気”が成果を変える理由
「休む=怠ける」という思い込みは、営業職にとって最大の敵です。ペンカベル氏の後続研究では、十分な休息を取るチームほど業績が高い傾向が示されました。これは、脳が休息中に情報を整理・統合するため、創造的な判断が可能になるからです。
米国のコールセンターで行われた分析では、勤務時間を短縮したチームの方が通話あたりの成約率が高いことがわかりました。人間の集中力は直線的に続かず、90分ごとにリズムが訪れる数時間周期の体内リズム「ウルトラディアンリズム」に沿って、働く方が効率的だとされます。
また、マルチタスクは営業パフォーマンスの敵です。複数の顧客対応を同時に進めると、脳の切り替えコストが増加し、判断精度が下がります。行動経済学では、これを「認知的負荷」と呼びます。つまり、仕事量を増やすことが逆に生産性を下げてしまうのです。
「頑張る」ことよりも、「休む勇気を持つ」ことが、真の成果につながります。
休息を戦略的に取り入れることで、1時間あたりの成果は大きく改善できるのです。
3. “行動の最適化”で時間を資産に変える:行動経済学が教える3つの実践法
働き方を変えるには、意志力よりも“環境設計”が大切です。行動経済学では、環境を工夫することで自然に良い行動を引き出すことを「ナッジ」と呼びます。
3-1.ナッジ理論:努力せずに行動を変える仕組みを作る
営業デスクの目に入る場所に「今日の3つの優先タスク」を貼るだけでも、行動が変わります。脳は選択肢が多いほど判断力を失うため、“選択の疲労”を防ぐことが成果を生みます。
デジタルツールでも応用可能で、営業支援アプリに「次回フォローの自動通知」を設定するだけで、生産性を維持できます。
3-2.選択の設計:迷いを減らす仕組みを持つ
人は「選択肢が多いほど満足する」と思いがちですが、実際は逆です。営業活動においても、「誰に、いつ、どうアプローチするか」を明確にしておくことで、判断時間を大幅に減らせます。また、あらかじめ約束して未来の選択肢を制限する“プレコミットメント”という手法で、あらかじめ行動をスケジュール化することで、意志力を使わずに実行できます。
3-3.フレーミング効果:言葉の力でモチベーションを保つ
「あと50%達成できていない」よりも「すでに50%達成している」と表現する方が、モチベーションが高まります。このように、言葉の枠組みを変えるだけで脳の反応が変わり、前向きな行動を誘導できます。営業日報のコメントやチーム共有の言葉遣いにこの理論を活かすことで、自然と成果を後押しできます。
4. 時間を減らして成果を上げる仕組み化:営業の生産性を支える思考法
成果を上げる人ほど「頑張るより、仕組みを作る」ことに時間を使っています。営業の現場でも、「自分の時間を見える化する」ことから始めましょう。1日のうち、どの業務にどれだけ時間を使っているかを記録するだけで、不要な作業を削減できます。
たとえば、報告書の作成に1時間以上かかるなら、テンプレート化や音声入力の活用を検討する価値があります。これにより、判断力や集中力を“商談”という最も価値ある活動に向けられるのです。
チーム全体の仕組み化も重要です。個人の努力に依存する営業組織は、一時的に成果が出ても長続きしません。行動経済学では「社会的証明」という心理効果があり、他人の成功事例を見ると、自分も同じ行動を取りたくなる傾向があります。週初めに成功事例を共有するミーティングを設けることで、チームの行動が自然と改善され、ポジティブな習慣が根づきます。
このように、“短時間×集中=高成果”という働き方を設計できれば、成果を維持しながら働く時間を減らすことが可能になります。
まとめ
行動経済学が示すのは、「人は努力量ではなく、環境と心理によって成果が決まる」という事実です。営業職においても、長く働く勇気より「休む勇気」と「仕組みを信じる力」が求められます。働きすぎをやめることは怠けることではなく、合理的に成果を上げる選択です。短時間で集中し、戦略的に休む、今日からその一歩を踏み出すことで、あなたの仕事も人生もより豊かに変わっていくでしょう。
参考文献
- Pencavel, J. H. (2014). The Productivity of Working Hours. IZA Institute of Labor Economics. https://ftp.iza.org/dp8129.pdf
- Pencavel, J. H. (2016). Recovery from Work and the Productivity of Working Hours. EconStor. https://www.econstor.eu/bitstream/10419/145237/1/dp10103.pdf
- Golden, L. (2008). Why Do People Overwork? Over-Supply of Hours of Labour. SSRN. https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=1081245
- International Labour Organization (2012). The effects of working time on productivity and firm performance. https://www.ilo.org/wcms_187307.pdf
- Wong, K. et al. (2019). Associations between working hours, work engagement, and work productivity. PMC. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6499355/


