AI技術の進化は、経理や監査の現場に大きな変革をもたらしています。これまで人の手で行われてきた仕訳や伝票処理、監査証跡の確認などは、正確性とスピードが求められる一方で膨大な労力を伴うものでした。しかし近年、AI監査や経理DXの導入が進み、単なる自動化にとどまらず、異常検知やリスク評価、リアルタイムなモニタリングまで担えるようになっています。こうした変化は単に業務効率を高めるだけではありません。経理職のキャリア形成にも直結し、求められるスキルや役割が大きく変わりつつあるのです。本記事では、最新研究と実務の動向を踏まえ、AI監査が未来の経理にどのような変化をもたらすのか、そしてキャリアにどんな可能性を開くのかを解説します。

1.AI監査がもたらす経理業務の進化
AIが経理業務にもたらす最大の影響は、繰り返し作業の削減です。請求書処理や仕訳入力、勘定科目の自動分類といった従来の定型業務は、すでにAIによって高精度で自動化が可能となっています。米国の会計士協会(AICPA)の報告書によれば、AIの導入によりデータ入力や帳簿照合にかかる時間は従来の約半分に短縮される事例も出ています。これにより、担当者は数字を打ち込む作業から解放され、分析や改善提案といった付加価値の高い業務へとシフトできるのです。
また、AI監査は「全件チェック」を可能にする点でも画期的です。従来の監査ではサンプリング調査が一般的でしたが、AIと大規模データ解析を組み合わせることで、全取引を対象に異常パターンを検出できるようになりました。例えば、EY新日本有限責任監査法人は東京大学と連携し、AIによる全量データ監査を実用化しています。これにより、不正の兆候やリスクの早期発見が可能となり、監査の質が格段に向上しました。
さらに、スタンフォード大学ビジネススクールの研究によれば、生成AIを導入した会計事務所では財務報告の粒度が12%向上したと報告されています。これは単なる効率化にとどまらず、経営層への報告の質や意思決定の精度を高める効果もあると示されています。つまり、AI監査やデジタル監査は経理担当者の役割を「記録する人」から「経営を支える人」へと進化させる基盤となっているのです。
名古屋の中堅企業でもAI経理システムを試験導入したところ、残業時間が月に20時間削減され、担当者は経営分析や予算提案に集中できるようになった例があります。このように、地域の企業にとってもAI導入はすでに身近な変化となっているのです。
2.最新研究が示すスキル変化とキャリアへの影響
AIの普及により、経理・監査に求められるスキルは大きく変化しています。従来重視されていた「正確な入力」や「大量処理の体力」はAIに代替されつつあり、人材に必要なのは「データをどう解釈し、戦略に結びつけるか」という分析力です。
Thomson Reuters Instituteの調査では、71%の会計専門家が「生成AIの積極活用が望ましい」と答えており、その理由の多くは「戦略的判断に時間を振り向けられるから」でした。つまり、経理の役割は単なる処理担当から「意思決定を支援する存在」へと進化しているのです。
一方で、AI活用にはリスクも伴います。arXivの「AI-Fraud Diamond」研究では、従来の不正リスク要因に「技術的不透明性」が追加されました。AIがブラックボックス的に判断するため、その過程を見抜き誤謬を監査できる力が必要とされています。これにより、経理職はシステム利用者にとどまらず、技術理解とリスク評価を担う責務を負うことになります。
PwCは新人教育でAIリテラシーを必須化し、若手が早期にマネージャー的視点を持てるよう育成しています。従来数年かかっていた経験の蓄積が、AIの介在で短縮されるからです。
さらに、EYの事例ではAI活用により監査時間を25%削減しましたが、同時に倫理やガバナンスの重要性も増しました。AIが進むほど、人間に求められる「判断・説明責任」の比重が高まるのです。結局、AI監査時代に経理人材が身につけるべきは「AIと協働する力」と「リスクを見極める力」であり、これはスキルアップを超えてキャリアの方向性を変える可能性を秘めています。
3.成功事例と失敗事例から学ぶAI活用の現実
AI監査の可能性は広がる一方ですが、その導入過程には成功もあれば失敗も存在します。実際の事例を知ることは、読者が自分のキャリア戦略を考える上で大いに役立ちます。
成功事例としては、大手監査法人のEYによるAI監査システムの導入が代表的です。AIと全量データを組み合わせた監査手法により、サンプリング調査では見落としがちな不正の兆候を短時間で発見できました。これにより顧客からの信頼性も高まり、監査チームはより戦略的な提案に集中できるようになったのです。
一方、失敗事例も存在します。ある中小企業では、AI経理システムを導入したものの社員教育を軽視したため、誤検知への対応に追われる状況となりました。AIが提示するアラートを正しく解釈できず、最終的には作業時間が増えてしまったのです。これは「技術を導入するだけでは不十分」であり、組織文化や教育体制の整備が欠かせないことを示しています。
この対比から学べるのは、AIは魔法の道具ではなく、人間の知恵や監督を組み合わせてこそ最大限に活かせるということです。現場でAI監査を活用する際には、仕組みの理解と教育の両輪が不可欠であることを意識すべきでしょう。
4.未来の経理人材に求められる視点と行動
AI監査が普及する未来において、経理人材に求められるのは単なる技術操作ではなく、主体性と戦略的な視点です。第一に必要なのはAIリテラシーです。仕組みを理解し、AIの判断根拠を説明できる力は、管理職や経営層との信頼構築に不可欠です。第二に重要なのはリスクマネジメントの視点です。AI-Fraud Diamondが指摘する技術的不透明性を踏まえ、結果を鵜呑みにせず前提や妥当性を確認する姿勢が求められます。第三に重視されるのはコミュニケーション能力です。AIが提示する数値を経営判断にどう結びつけるかを説明し、他部署と協働して改善を進める力は大きな強みとなります。
さらに、変化を恐れない柔軟性も必須です。PwCが若手を早期にマネージャー級へ育成するように、挑戦を機会と捉える姿勢がキャリアを広げます。最初の一歩として、AI監査や経理DXに関する学習を始め、セミナー参加や情報交換を実践すれば、AI時代のキャリア形成を現実のものとできるでしょう。
まとめ
AI監査の普及は、経理業務を単なる定型処理から戦略的役割へと変化させています。最新研究や実務事例が示すように、効率化と精度向上により人材はより高度な判断や提案に集中できるようになりました。一方で、失敗事例から学べるように、AIを正しく活かすためには教育や組織文化の整備が欠かせません。これからの経理人材に必要なのは、AIを理解し、リスクを見極め、経営を支える視点を持つことです。変化を恐れず柔軟に学び続ける姿勢こそが、キャリア形成における最大の武器となるでしょう。
参考文献
AICPA & CPA.com. 2025 AI in Accounting Report. June 10, 2025. https://www.cpa.com/news/cpacom-issues-2025-ai-accounting-report
Thomson Reuters Institute. How will AI affect accounting jobs? June 10, 2025. https://tax.thomsonreuters.com/blog/how-will-ai-affect-accounting-jobs-tri/
Stanford Graduate School of Business. AI Is Reshaping Accounting Jobs by Doing the “Boring” Stuff. June 26, 2025. https://www.gsb.stanford.edu/insights/ai-reshaping-accounting-jobs-doing-boring-stuff
EY Japan. 監査におけるAIの活用. https://www.ey.com/ja_jp/digital-audit/ai
Zweers, B., Dey, D., Bhaumik, D. The AI-Fraud Diamond: A Novel Lens for Auditing Algorithmic Deception. arXiv. August 19, 2025. https://arxiv.org/abs/2508.13984
Business Insider. PwC is training junior accountants to be like managers, because AI is going to be doing the entry-level work. August 2025. https://www.businessinsider.com/pwc-ai-training-changing-the-job-accountants-jenn-kosar-2025-8
Financial Times. Taking accountancy from spreadsheets to AI (Business school teaching case study). 2025. https://www.ft.com/content/bd9c415f-cab5-4ae1-8bf2-a17c57f9b5db


