医療業界で営業活動を行うと「提案が良いはずなのに採用につながらない」「院内の承認ルートが複雑で、誰に話を通すべきか分からない」といった課題に直面しやすいものです。医療機関は一般企業とは異なり、専門職が多く、職種ごとに優先する価値観や目的が異なります。このため、単に製品やサービスの性能を説明するだけでは、院内の合意形成を進めることは困難です。本記事では、医療業界における購買構造を体系的に整理し、営業として成果につながる「提案設計」「キーパーソン把握」「合意形成の進め方」を実践的に解説します。

1. 医療業界における購買構造の全体像と意思決定の特徴
医療機関は、患者への安全な医療提供を最優先とする組織です。そのため、購買の意思決定には慎重さが求められます。単に価格が安いかどうかではなく、医療の質、現場での扱いやすさ、維持管理の容易さなど、多面的な評価が行われます。特に、医療機器や診療材料の導入では、使用者・管理者・経営層がそれぞれ判断基準を持っていることが特徴です。
1-1. 病院の役割と経営環境
病院は地域ごとに医療連携の役割があり、急性期、回復期、慢性期など、機能に応じて優先すべき指標が異なります。例えば、急性期病院では最新設備の導入が治療の質に直結しやすく、一方で慢性期病院では運用コストや職員負担が重視されます。このような背景があるため、営業は病院の機能と経営方針を把握したうえで提案の視点を変える必要があります。
1-2. 意思決定に影響する要因
購買は、一人が判断するわけではありません。医師は医療の専門性を重視し、看護部は現場での運用性と安全性を重んじ、事務部は費用対効果を評価します。さらに、最終承認は経営層が行うことが多いです。こうした役割の違いを理解せずに提案してしまうと、魅力が伝わる前に話が止まることがあります。営業は各部署が何を大切にしているかを把握し、それぞれに届く言葉で価値を説明する姿勢が求められます。
2. 病院内のキーパーソンと組織力学:医局・看護部・事務部・経営層
医療機関には、明確な役割分担と独自の力学があります。営業は「誰が最終判断を行うか」だけではなく、「誰が実際に使うか」「誰が導入後のリスクを負うか」に目を向ける必要があります。これにより、提案内容は単なる説明ではなく、院内全体で納得感を生む設計へと変わります。
2-1. 医局・看護部・事務部・経営層の関係
医局は医療の質を担う専門家集団であり、診療に必要な機器の仕様や機能に強い関心を持ちます。看護部は業務フローの実行者であり、導入後の現場への負担が最も大きい立場です。事務部は購入や契約の手続き、コスト管理を担当し、経営層は病院全体の方針やリスク管理を担います。営業は特定の部署だけにアプローチすると説得が止まりやすいため、複数の視点をつなぐ役割が求められます。
2-2. キーパーソン(KOL)との合意形成
医療機器やサービスの導入では、現場に信頼されている医師や看護師が意見形成に影響を与えることがあります。これらの人物は、院内での評価や経験値に基づき、周囲の判断に影響を及ぼす存在です。営業はこのような人物を「説得する相手」と捉えるのではなく、「共により良い医療を実現するための協働者」として向き合うことで、自然と導入の議論が前進します。
3. 医療機器・サービス導入までの購買プロセス:提案から採用決定までの流れ
医療機関で新しい機器やサービスを導入する際は、段階的なプロセスを経て合意形成が進みます。この流れは一般企業よりも慎重で、複数の専門職が関わる点が特徴です。営業が成果につなげるためには、このプロセスを正しく理解し、どの段階で何を提示すべきかを整理しておくことが重要です。
3-1. 現場ニーズの確認と情報収集
導入の出発点は「どのような課題が現場に存在するか」です。例えば、手術室での作業効率、看護業務の負担、医療安全に関わるリスクなど、課題は現場に潜んでいます。営業はまず、医師や看護師が日常業務で抱えている不便さや改善したい点を把握し、課題の背景を丁寧に聞き取ることが求められます。この段階では、製品の説明を焦って行う必要はありません。現場の課題を共に言語化する姿勢が、次のステップにつながります。
3-2. 試用・検討段階での合意形成
課題の共有が進むと、医療機器やサービスの試用が検討されることがあります。ここでは、現場の使用感、安全性、操作性などが評価対象となります。
営業は、試用期間中のサポート体制を整えるとともに、使用者からのフィードバックを整理し、関係者間で共通認識を作る役割を担います。この段階でのコミュニケーションが不十分だと、導入に対する不安が解消されず、最終決定まで進まないことがあります。
3-3. 事務部・経営層による費用対効果の評価
試用段階を経て導入の必要性が認められた場合、事務部と経営層が費用対効果を評価します。ここでは、単に価格が高いかどうかではなく、運用コスト、保守費用、耐用年数、医療の質の向上効果など、多面的な視点が求められます。営業は、客観的なデータや事例をもとに、導入によって得られる長期的なメリットを整理し、意思決定者が納得できる説明を用意することが必要です。
4. 営業力を強化する実践メソッド:合意形成・価値訴求・関係構築のポイント
医療業界では、製品の性能だけではなく、信頼関係と合意形成が導入の鍵になります。営業が成果を上げるには、院内の関係者をつなぎ、話し合いを前へ進める役割を担う姿勢が求められます。
4-1. 課題に寄り添う姿勢を持つ
営業は「課題を聞く側」であると同時に「課題を整理し提案につなげる側」でもあります。課題の全体像を理解し、現場の見えない苦労に共感することが、信頼関係の土台となります。
4-2. 利害が異なる関係者をつなぐ
医療機関では、職種によって優先する価値が異なります。営業は、医師・看護師・事務・経営層の間で共通言語を作り、議論のずれを調整する架け橋として動くことで、導入がスムーズになります。
まとめ
医療業界の購買は、多様な専門職が関わり、慎重な合意形成を必要とする独自の構造を持っています。営業は、単に製品を提案するのではなく、課題の背景を理解し、現場に寄り添い、関係者をつなぐ存在として動くことが求められます。
購買構造を正しく理解し、組織力学と意思決定の流れに合わせてアプローチすることで、営業は「説得する立場」から「信頼される協働者」へと変化します。この変化こそが、持続的な成果と長期的な関係構築につながるのです。
参考文献
厚生労働省 医療提供体制
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/
独立行政法人 国立病院機構 入札情報
https://www.hosp.go.jp/shitei/nyuusatsu/index.html
日本医療機器産業連合会
https://www.nmt-japan.or.jp/
日本医療機能評価機構
https://www.jq-hyouka.jcqhc.or.jp/
日本経営グループ 医療経営・病院支援
https://www.nihonkeiei.co.jp/medical/


