投資を始めたものの、「上がるとすぐに売ってしまう」「下がると損切りできずに放置してしまう」──そんな経験はありませんか。多くの投資家が似た行動を取るのは、知識不足ではなく、人間が本能的に持つ心理が原因です。
人は合理的に判断しているつもりでも、実際には感情や直感に大きく影響されています。特にお金を扱うときは、恐怖や欲望といった感情が投資判断を狂わせやすいのです。
本記事では、ノーベル経済学賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーによる「プロスペクト理論」を軸に、投資家が陥りやすい心理の落とし穴を分析します。
さらに、感情に左右されず、長期的な成果を出すための実践的な投資心理術を紹介します。理論を理解し、自分の心理を可視化することができれば、誰でも感情に流されない“冷静な投資家”に近づけるはずです。

1. 投資判断を狂わせる「感情の罠」——なぜ人は損を恐れて誤った選択をするのか
株価が下落すると「もう少し待てば戻るかも」と思い、上昇すると「今のうちに利益を確定させたい」と焦る。このような行動は、経験の浅い投資家に限らず、多くの人に共通する心理現象です。
人間は「損を避けたい」という本能的な欲求を強く持っており、これは「損失回避バイアス」と呼ばれます。カーネマンとトヴェルスキーの研究によれば、人は同じ金額の利益と損失を比較した場合、損失の痛みを利益の約2倍強く感じることが確認されています(Kahneman & Tversky, 1979)。
この心理が投資判断を大きくゆがめます。損を確定する痛みを避けようと、株価が下がっても売らずに保有し続けたり、わずかな利益で早々に売ってしまうことが多いのです。
いわゆる「塩漬け株」や「早すぎる利益確定」は、まさにこの損失回避から生まれる典型的な行動です。
さらに、短期的なニュースやSNSの情報が、投資家の感情を強く刺激します。「暴落」「急騰」などの言葉を見ると、脳が危険やチャンスに過大に反応し、冷静な分析を行う前に感情的な判断を下してしまうことがあります。
投資の本質は「市場を読むこと」ではなく、「自分の心理を読むこと」です。まずは、感情が投資判断にどう影響するかを理解し、自分の傾向を客観的に把握することが第一歩です。
2. プロスペクト理論とは何か?──ノーベル賞理論が示す投資家心理の本質
プロスペクト理論(Prospect Theory)は、1979年にダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが提唱した行動経済学の基礎理論です。従来の経済学は「人は合理的に行動する」という前提で構築されていましたが、プロスペクト理論はそれを覆しました。
実際の人間は、感情や主観に基づいて意思決定を行い、必ずしも合理的ではないというのです。この理論の中心にあるのが「価値関数」という考え方です。人は実際の金額の増減ではなく、「自分の基準(参照点)」からどれだけ得をしたか・損をしたかで価値を感じます。
例えば、同じ10万円の利益でも、100万円を投資していた人と10万円を投資していた人では感じ方が違います。後者の方が「倍になった」と大きな喜びを感じ、前者は「少ししか増えていない」と感じるのです。
さらに、プロスペクト理論では、人が損失を過大評価しやすいこと(損失回避性)に加えて、「確実性効果」や「フレーミング効果」といった判断の偏りも指摘しています。 確実性効果とは、「確実な利益」を過大に評価し、不確実でも期待値の高い選択を避ける心理です。
フレーミング効果とは、同じ内容でも“表現の仕方”によって判断が変わる現象を指します。たとえば、「勝率80%」という表現は安心感を与えますが、「負ける確率20%」と聞くと不安になります。
このように、プロスペクト理論は「人間の非合理性」を体系的に説明しました。投資において成功するためには、市場を予測する力以上に、「自分の心理の傾向を知り、それに備える力」が求められます。
3. 投資判断を狂わせる3つの心理バイアスと克服法
投資家の意思決定をゆがめる主な心理バイアスは、「損失回避」「確実性効果」「フレーミング効果」の3つです。
まず「損失回避」は、損を避けるためにリスクを過度に恐れたり、損失を確定できずに持ち続ける心理です。これを防ぐには、事前に「ルール」を決めることが重要です。
例えば、「購入価格から10%下がったら損切り」「利益が20%に達したら一部を売却」など、感情を介さない明確な基準を設定しましょう。
次に「確実性効果」は、確実な結果を好みすぎて長期的なリターンを犠牲にしてしまう傾向です。定期預金や低リスクの資産に安心を感じる一方、リスクを取ることで得られる将来の成長機会を逃すことがあります。
この心理を克服するには、「短期の結果」ではなく「長期の確率」に注目することです。1年後の確実な利益よりも、10年後の安定した成長を重視する姿勢が、感情に振り回されない投資行動を支えます。
最後の「フレーミング効果」は、情報の提示方法によって判断が変わることです。「元本保証」という言葉が安心感を与える一方で、「リターンは限定的」という説明には注意が必要です。数字やリスクを自分の言葉で整理し直すことで、客観的な判断ができるようになります。
4. 感情をコントロールする投資家になるための実践ステップ
感情の波を完全に抑えることはできません。しかし、「感情を前提にした仕組み」を整えれば、冷静さを保つことが可能です。まず、おすすめなのが「ルールベース投資」です。
自動積立(ドルコスト平均法)などを活用し、相場の変動に関係なく淡々と買付けを行えば、感情の影響を最小化できます。ルールを明文化し、日々の感情に左右されない仕組みを持つことが重要です。
次に「投資日記」をつける方法です。取引の理由、感情、結果を記録すると、自分がどの場面で冷静さを失いやすいかが見えてきます。これは投資行動の“心理的クセ”を客観視する手段として有効です。
さらに、情報過多を防ぐために「信頼できる一次情報だけを参照する」ことも大切です。SNSや噂に流されず、公式データや信頼性の高い統計に基づいて判断することで、冷静さを維持できます。
また、余裕資金で投資することも忘れてはいけません。生活費や教育費を削って投資すると、少しの下落にも過敏に反応してしまいます。心理的安定を保つためには、リスクを取る前に「安心できる資金設計」を行うことが前提です。
最後に大切なのは、感情を“排除する”のではなく“理解する”姿勢です。感情は投資の敵ではなく、向き合い方次第で最大の味方になります。感情を仕組みで整えることこそが、再現性のある投資成功法なのです。
5. まとめ
投資で成果を出すために最も重要なのは、市場を完璧に読む力ではなく、自分の感情を理解しコントロールする力です。プロスペクト理論が示すように、人は損を過大に恐れ、確実性を求め、情報の見せ方に影響されます。
これらの心理バイアスを自覚し、感情を前提にしたルールや仕組みを整えれば、誰でも安定した判断ができるようになります。投資とは、感情を制する知的な挑戦です。
今日から「投資日記をつける」「売買ルールを設定する」といった小さな一歩を始めてみましょう。その積み重ねが、冷静で強い投資家への確かな道となります。
参考文献
- Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica. http://dx.doi.org/10.2307/1914185
- “Prospect Theory for Online Financial Trading.” PMC (PubMed Central). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4198126/
- “Prospect Theory: What It Is and How It Works, With Examples.” Investopedia. https://www.investopedia.com/terms/p/prospecttheory.asp
- “Prospect Theory and Its Implications for Investor Behavior.” FinancialModelingPrep. https://site.financialmodelingprep.com/education/financial-analysis/Prospect-Theory-and-Its-Implications-for-Investor-Behavior
- “Prospect theory in the financial decision-making process.” Emerald Insight. https://www.emerald.com/insight/content/doi/10.1108/jefas-12-2021-0272/full/html
- “A Review of Prospect Theory.” Scientific Research Publishing. https://www.scirp.org/journal/paperinformation?paperid=91480


